名古屋高等裁判所 昭和25年(う)295号 判決 1950年4月14日
被告人
木下成元こと
朴一万
主文
原判決を破棄する。
本件を名古屋地方裁判所に差し戻す。
理由
弁護人西村勝矣の控訴趣意について。
仍て按ずるに原判決によれば原審はその挙示の証拠によつて被告人は肩書住居地に土工飯場を持つていたところ昭和二十三年七月末頃迄に次々と同飯場を去つた土工川口植三郞こと李口植、福田文吉こと宗文吉、金井新吉こと金新吉、大山元繁こと朴山元、山本昌梢こと姜昌根、田中一郞こと金中一及び金重商の七名が孰れも同飯場を出るに際し所謂轉出証明をとることなく然も被告人に対して負債を残し行方も告げず立去つたところから茲に被告人は同人等名儀で主要食糧の配給を受けて家庭の食糧不足を補充して以て実質上右土工等に対する債権の取立不能による損害を補はうと企て、
第一、昭和二十三年八月一日頃発行の被告人を世帶主とする家庭用主要食糧購入通帳に世帶員として自己の家族と共に当時不在の右李口植以下七名の土工を同居者として登載されてあるを利用して名古屋市南区大同町所在の食糧公團愛知縣大同配給所の係員に対し前記土工七名の爲にその消費の食糧の配給を受くるにあらずして前記の如く被告人の自家用食糧に充つる目的を秘して同係員をして被告人及びその家族の食糧と共に前記七名の配給を求めるものと誤信させ、
第二、更に同二十四年六月初頃前記七名の不在土工中四名を除き右李口植、宗文吉及び金新吉の三名についてはその後も依然被告人の世帶内にある消費者の如く裝い前記通帳を利用して前記第一と同樣の目的でこれと同樣の手段方法により右配給所員を欺罔し、
以て数十回に亘つて総計七百九十瓩余の主要食糧の交付を受けたとの事実を認定し右行爲に対しては詐欺罪の法條を適用した上被告人を懲役八月に処したものであるが右の記載によつて明かなように原審が被告人に欺罔行爲ありとするところは要するに被告人が世帶主としてその世帶全員に対する主要食糧の配給を一括して受くるに際しその受配後における主要食糧の処分に関する目的を秘したという点にあるが配給係員としてはその受配資格とその配給数量について調査の権限があり所謂幽霊人口とか或いは受配資格のない場合その配給を停止するのは格別その受配資格ある者のその受配後の処分に関する目的迄も調査し若しこれを不当と認めるときはその配給を停止するというが如きことは許されないことであり從つて受配者が受配後の処分に関する目的を秘したからといつて直に配給係員に誤信があつたものと速断できないので即ち原審の判示によつては被告人を詐欺罪に問擬し得ないものというべくこの点において原判決は刑事訴訟法第三百七十八條第四号に所謂判決に理由を附せず又は理由にくひちがいがある場合に該当する。